靱猿
UTSUBOZARU
「猿に始まり狐に終わる」 狂言師としての人生の第一歩となる演目です。
和泉流の慣わしとして、家に生まれた子どもは、だいたい3歳から4歳にかけてこの「靭猿」の小猿役で初舞台を踏みます。そのための稽古が始まるのは、おおよそ1歳半。
足袋をはいて正座をし、扇を前に師匠にご挨拶をする。
まだ言葉も満足に話せないうちから、日々のお稽古は始まっていきます。
そして2歳を過ぎた頃から、小猿のお稽古に入るのです。
太郎冠者を連れて狩りに出かけた大名が、通りかかった猿曳の曳く小猿に目を留め、自分の靱(うつぼ)に小猿の皮をかけたいと、猿曳に小猿を差し出すように命じます。小猿を差し出さねばもろともに成敗すると言われ、猿曳も一旦は泣く泣く小猿を差し出そうとします。猿の命を絶つために振り下ろした鞭を、新しい芸の稽古と思い無心に芸を披露する小猿の姿を見て、「たとえ自分も成敗されるとしても猿は討つことはできない」と泣き崩れます。 大名も猿曳と小猿の絆に心を打たれ、命を助けます。
最後はお礼にと、小猿がめでたく舞を披露し、終幕となります。
人間と猿とではありますが、深い情で結ばれた姿は心の奥にずしんと響きます。
子どもの無心さが、小猿の無心さと重なり、見るものの心を打つのです。
小猿のセリフは「キャアキャアキャア」だけですが、狂言にしては長時間45分の演目で、でんぐり返しやノミ取り、腕をかいたりお尻を掻いたりといった猿の所作をしながら最後は猿唄にあわせての舞まで、大人に混じっての初舞台は大役であるといってよいでしょう。
先代宗家が存命であれば、親子3代の狂言をご覧いただくのに最高の演目でもありましたが、残念ながらかないません。しかし、先代宗家もきっと厳しく暖かく、孫たちの初舞台を見届けていることと思います。